梅本洋一



灼熱の町、ジャイプール。宝石と、はげ山の上に聳え立つ王宮遺跡で有名なこの町には、象のリース会社がある。前日、リース会社のオフィスで象を一頭、注文しておいた。朝10時、顔に念入りに化粧をほどこされた象が、象使いと一緒にやってきた。炎天下の屋外で撮影が始まって30分ほどすると象はグッタリして元気がなくなる。象使いは象が暑さにやられたと言って木陰に連れていって休ませる。ジャイプールの太陽は象を殺しかねないほど強烈だった。

象のヴィチャイと象使いのソムサックは、9年前、タイ北西部スリンのジャングルからバンコックへ出てきた。460㎞の道のりを歩いてやってきた。21日間もかかったそうだ。象のヴィチャイは、生まれて初めて車を見た。そのときヴィチャイは恐怖のあまり暴れ狂ったという。故郷、スリンのジャングルには象より大きくて強そうな生き物はいなかった。象はいつもジャングルの王者だった。ソムサック33歳、ヴィチャイ40歳。子供のころからいままで、片時も離れたことがない。            SPIRIT.7





私のワイフは探検家だった。あれは、そう、ウエムラが北極点に向かう2年前のことだった。ワイフは18頭のカラフト犬にソリを引かせて、独りで極点に向かった。彼女は、ブリザードをくぐり、北極熊と戦って極点をめざした。極点まで、あと50kmの地点で彼女の消息は消えた。ワイフは、私のルシエンヌは…この氷の世界のどこかに眠っている。ああ、

ルシエンヌ、さぞかし寒いことだろう。君に、君にこの熱いウイスキーを捧げよう。そして、赤いバラの花束を。


“ねぇ、もう一杯お飲みよ。そしたら、浮世のつらいことなんてさぁ、パ~ッと忘れちまうからさ”。男は田舎芸者の言葉にうながされて、おもむろにトリスのお湯割りを口もとに運ぶ。男は心のなかで叫ぶ“文子、慎太郎、許してくれ、父ちゃんは弱い人間なんだ!”。熱いトリスが、ググッと腹にしみて、男の眼には涙があふれてくる。芸者は、あまり金になりそうにない男の姿を見て、小さなあくびをひとつする。父ちゃんは、妻子を捨てて蒸発したのである。

SPIRIT.3





最初の宇宙船が地球の引力圏を脱出してから、すでに3世紀がたっていた。しかし、人類が手にしえた空間は、無限の宇宙のなかではケシつぶほどの大きさにもほど遠かった。宇宙船タイタンは、この深遠な空間を光の3倍という速度でノロノロと航行していた。銀河系のはずれ、3つの惑星をしたがえた小さな恒星の引力圏の近くに、その物体は浮いていた。5人の乗組員は、宇宙船の窓から見える光景に心を奪われ、なかば放心状態で眺めていた。彼らは、その物体に地球の女を感じた。女の身体は、恒星が放つ光を受けて輝いていた。滑らかな金属の肌がキラキラ輝いていた。豊かに盛り上がった胸。くびれた腰。その金属でできた女を見ていると、やがて彼らの胸のなかに、地球に残してきた妻や恋人への郷愁が甦ってきた。ああ、地球に帰りたい。彼らの魂は、宇宙船を離れて女の体に吸い込まれていった。魂の抜けた5つの肉体を乗せた宇宙船は、やがてはてしない闇のなかに消えていった。

SPIRIT.3




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