IPANEMA カナバルの朝


あの朝、リオの街は静かに眠っていた。それは特別な朝、カナバルが始まる1980年2月16日の朝だった。イパネマのビーチは、いつものように薄い水蒸気の靄に包まれていた。若いサーファーが、たった一人で小さな波をつかまえている。やがて東の空が桃色に染まり、雲の切れ間から光が一条差し込み、その日が始まった。午前9時を過ぎる頃、ホテルやアパートメントから人々がやってくる。最後にやってくるのは、きまって素敵なリオのカリオカたちだった。肌を小麦色に焼き込んだフランス娘が、ビーチサイドのカフェでソルティードッグを片手にすわっている。長身の混血青年がしきりに、彼女に何か話しかけている。が、彼女は適当に彼をあしらっている。すべてのでき事は、今夜からの、あの強烈なサンバのリズムとともに始まるのだった。だから今朝の人々は、どこか気もそぞろで落ち着かない風だった。



GRAND CANARIA 悲しい楽園


グラン・カナリアは悲しかった。陰鬱な北ヨーロッパから、南の太陽を求めてやってきた老人たちの楽園だった。しかし、この季節、この島には十分な陽光などありはしなかった。島の南側はいくらか暖かくて、ここには老人たちのヌーディスト・ビーチがある。砂丘の裏側の砂浜で、裸でバレーボールに興じる老人の姿はこっけいではあるが、寂しい光景だった。ビーチにはいつも強い風が吹いていて、大量の砂が空気のなかを飛んでいく。風をさけてビーチサイドのカフェテラスに入ると、老夫婦が静かにトロピカルドリンクスを飲んでいる。その鮮やかなドリンクスが、穏やかな風景のなかで強く輝いていた。彼らは、アメリカ人の年寄りほど陽気ではない。しかし、その落着きのなかにはヨーロッパ人独特のルールのようなものが潜んでいて、それはそれでひとつの調和のとれた雰囲気をつくり出していたのだ。この寂しい島も、北ヨーロッパの人たちには特別の楽園なのだ。少なくとも太陽と海があるのだから。



SENEGAL アフリカの風


セネガルは、風の国だった。サハラを渡る熱い風と、冷たい海流が運んでくる涼しい風がぶつかる国だった。海岸が驚くほど涼しいのに、内陸がうんざりするほど暑いのはそういうわけなのだ。海辺には魚が満ちあふれていた。波が小魚をコロコロと砂浜に打ち上げている。海に入ると、小魚の群れがワッと寄ってきて、足の毛をつつく。ウソみたいな話だけど、ホントウです。空には海鳥が群れをなし、砂浜にはペリカンが住んでいた。あの、鈍重なペリカンだって、この浜ではたらふく魚が食べられる。そう言えば、このペリカンという鳥はおかしい。ひとりのフランス人が、飲んでいたトロピカルドリンクスをビーチに置いた。するとペリカン君、さも飲みたそうに近寄ってきて、グエエッーと一声鳴いたのである。ビーチにいた人たちは、大爆笑。ペリカン君は、ジッとドリンクスをながめているのだった。セネガルの、ダカールの浜辺はやがてオレンジ色に染まり始め、風が冷たくなってきた。


SUNTRY SPRIT. 5 より




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